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世界のシステムは今後どのようになってゆくのか


 私の祖父母の時代は冷蔵庫がなかったらしい。毎朝、氷屋なる氷売りが荷車を引いてやってきて、近所にひとかたまりの氷を売るらしい。その氷は今でいうところの冷蔵庫なる木箱のような食べ物入れがあってその木箱の上部に氷を収納するらしい。一日その木箱の中で魚だの野菜だのを冷やして保存する。そう考えると冷蔵庫は実にごく最近の発明でありここ数十年ばかりのテクノロジーであるといったことになる。僕も生まれたときにはすでに冷蔵庫があった世代であるが、冷蔵庫の中に一部冷凍庫があり、いつも霜だらけの小さな冷蔵庫だった。今のような引き出し式の冷蔵庫はなかったし観音開きの冷蔵庫などもない時代である。僕が言いたいのはテクノロジーはいつの時代でもごく最近のものであり全く伝統的ではないということである。しかしこの冷蔵庫はこれ以上進化する可能性がない。進化系の最終形でありおそらくこれで終わりである。冷やす機能しかないのでこれ以上発展のしようがないのである。いや実際問題として考えるとほとんどの技術は何も発展していないのではないかという仮説。
拡張とか延長という概念が哲学や現代思想にある。誰が言ったか忘れたけど、いろんな人が言っている。マク・ルーハンも言っていたし、ドゥルーズも言っていた。我々が認識するすべてのものは拡張という概念の一部なのであるというわけである。
冷蔵庫が全く皆無な時代に人間はどのようにして食べ物を保存していたのかというと、裏山の涼し気なところに埋めたり、もっと時代が発展すると室(むろ)を作って貯蔵したりといろいろなことをしてきた。つまり、冷たい空気なのである。静かな冷たい空気なのである。マグロ釣り漁船の冷凍庫も、キャンプで川の水でスイカを冷やすのも、裏庭の涼しげな納屋も、冷気を必要とした同じ機能であり、冷蔵庫もまたしかりなのである。と、考えると、大したことではない。自然の冷たい冷気がコンプレッサーにより圧縮されたフロンガスによる冷気生成になっただけの話なのである。
 現在の発展しつつあるテクノロジーはだいたいこういったものである。メールやラインは飛脚である。飛脚が懐に携えた手紙である。HDDは記憶の延長である。自動車は馬であり強いては自分の足の延長である。自分の足、馬の筋肉がガソリン燃焼エネルギーになったのである。薬は加持祈祷の延長だろう。ロボットは奴隷の一部の機能の拡張だろう。爆弾はグーパンチとか蹴りとか首絞めとか(なんでもいいのだけど)そんなようなものの拡張機能である。恋文はセックスの延長である。(ここらあたりから適当になってきた。)テクノロジーの発展にはそういった意味で必ず人間の身体と要求が見えてくる。そういう意味ではテクノロジーは要求通りに発展してゆくのである。

実現した予言

  • 無線電信電話(携帯電話による国際電話)
  • 遠距離の写真(カラー写真の電送)
  • 7日間世界一周(航空機の発達、海外旅行の一般化)
  • 暑寒知らず(エアコン)
  • 植物と電気(人工光による室内栽培)
  • 人声十里に達す(電話)
  • 写真電話(テレビ電話・テレビ会議)
  • 買物便法(通信販売・ネットショッピング)
  • 電気の世界(電気エネルギー)
  • 鉄道の速力(鉄道の高速化)
  • 市街鉄道(地下鉄・高架)
  • 自動車の世(モータリゼーションの到来)
  • 電気の輸送(水力発電・電力網)

一部が実現した予言

  • サハラ砂漠の沃化(一部に砂漠の灌漑は実現した)
  • 空中軍艦・空中砲台(爆撃機や戦闘機は発達したが、飛行船による戦闘は実現せず)
  • 人の身幹・身長は6尺以上に(体格の向上はあるものの個人差大)

実現しなかった予言

  • 野獣の滅亡
  • 蚊及び蚤の滅亡
  • 鉄道の連絡・5大陸に鉄道貫通
  • 暴風を防ぐ
  • 人と獣の会話自在
  • 幼稚園の廃止

    (出典:報知新聞1901年1月2、3日、科学技術白書平成17年版、内閣府イノベーション25戦略会議資料)

 1901年に日本政府が21世紀に実現することリストを発表した。実際に21世紀になって実現したことと実現しなかったことのリストである。現在の我々にとっては現在は現在なので、SF感は全くない。しかし1901年においてはこれはSFの世界であったはずだ。同様にして2030年に実現していることリストというものもある。非公式ではあるが、これもなかなかおもしろい。

  • 体に完全に無害な農薬の開発
  • 有害なウィルスの絶滅
  • 地球上のどこでも完全にきれいな水を確保するシステム
  • 肌年齢を保つ美容施術
  • 睡眠凝縮装置(高酸素・加圧の発展形、高質の睡眠)
  • アイコンタクトをサポートするシステム(サイボーグ技術の発展形)
  • テレパシーによるコミュニケーションの実用化
  • 人間よりも優しい介護ロボット
  • リアルタイムの同時翻訳システム
  • 石油から完全に脱却したエネルギーシステム
  • 飛行機の小型化(空を走るクルマ)
  • 無人自動車
  • 落し物検知装置(バーコードシステムの高度化)
  • 天気の正確な予測とコントロール(地球シミュレータの発展形)

 20世紀から見た21世紀は、物質的な希求が多かった。しかし21世紀現在が21世紀末を予想する際に著しく違うのは、医療への希求、コミュニケーションへの希求が大きな割合を占めるというところだ。これは注目に値する。しかしこうしてみると、本当に我々の世界は発展しているのか?と少々疑問を持たねばならないほど内容的には発展がない。人間のクリエイティビティーの限界なのか、人間は大した欲望をもっていないということが露呈しているような気がする。

発展のシナリオ

 この先の発展は「差異」と「同期」である。これ意外に何もない。私達は現状の事物には開発を与え、それらを保存しテストして実行しその利便性を測る。その利便性が世界にとって有効と判断するならばその発展分の差分をその他のシステムに同期するのである。あるいはその逆で、開発分の差分がテストの結果芳しくないとしたら、現状の開発前の状態に同期する。つまり差分はシステムの原因そのものであり、システムの発展は差分(原因)の歴史である。その原因ははっきりと記録される。
しかし科学技術の発展、すなわちシステムの発展とはいったいどういった経緯で発展するのかといえば、差異と同期という実際問題としてのメソッドの他に、もっとも深く影響するのは、モラルや倫理観の問題である。



2022.08.04