Documents

The Sidewinder Sleeps Tonite


19歳のときに新宿のタワーレコードでCDを購入して以来、30年間聞き続けているがまだ飽きない。むしろ聴くごとに発見がある。R.E.M.が惹きつけるその魅力は自分でもちょっと分析しづらい。当初R.E.M.の存在は私にとってそれほど大きなものではなかったし、ときにアメリカのヒットチャートに上がっている現代オルタナティブ・ロックぐらいの位置づけだった。 Rock'n onなどでときどきインタビュー記事が出ている、人気はあるがそれほど人気がないミュージシャンだった。マイケル・スタイプの声はクセがあって決して美しい歌声とは言えない。メロディーラインも極端に攻撃的でもない、変態的でもない、知的でもないといった何だか掴みどころがないのだ。とはいえ、アーティストのアーティストと言われるほどの人気を誇り、R.E.M.のライブにはビックミュージシャンが一度に集まるそうだ。
「The Sidewinder Sleeps Tonite」という曲がある。Automatic the peopleにおさめられている3曲目の曲だ。英語の学習の中でもっとも困難といわれているのが詩の翻訳だ。柴田元幸氏が言うように外国語の詩の翻訳は誤訳が多い。それは誤訳なのか、解釈の差なのか本当のところはわからない。しかしいずれにしろ言葉の機微のもっとも難しい部分を翻訳するのは非常に困難なことは確かだ。
かの有名な「風と共に去りぬ」の中国語のタイトルは「飄(ひょう)」である。これは何とも文学的だ。日本語でいうところの漂流の「漂」に近い語感がある。原題は「Gone with the Wind」である。英語の原題も、日本語の訳も中国語の訳も実にすばらしい。とても上手な訳だと思う。「The Sidewinder Sleeps Tonite」の和訳はいくつか見つけることができる。しかしどれをとってもまともな和訳には見えない。ひどい和訳ばかりだ。おそらく和訳が不可能なのだろうと思う。マイケル・スタイプ自身はどう思っているんだろう。30年間の間に私自身も少しは外国語に慣れ親しんだ。19歳の頃には日本語だけしか理解できなかったが、この30年間で英語とドイツ語ぐらいは読み書きができるようにはなってきた。しかしながら以下の歌詞は理解し難い。これは本当にまともな英語なのかどうかとも思う。何かしら我々をおちょくっているのではないかしらと。

This here is the place where I will be staying
There isn't a number, you can call the pay phone
Let it ring a long, long, long, long time
If I don't pick up, hang up, call back, let it ring some more, oh
If I don't pick up, pick up
The sidewinder sleeps, sleeps, sleeps in a coil

Call me when you try to wake her up, call me when you try to wake her
Call me when you try to wake her up, call me when you try to wake her

同じアルバムに「Drive」という曲がある。CDで聴くこの曲と、「Automatic For THe People (25th Anniversary Edition)で聴くライブ版の曲が同じ曲とは思えない。(どちらもかっこいい) この曲はどういう意図で作らているのかが非常に謎だ。フリー・ジャズのような編曲の手法ではない。何かしらおかしな彼ら特有の感覚で編曲され加工され同じ曲なのに全く違う曲として演奏し、最終的に同じ曲であると視聴者は納得する。
 R.E.M.の曲は誰にも似ていない。ミュージシャンは一世代前の誰かに影響を受けているケースが多い。時として殆ど真似しているんじゃないかというほどのミュージシャンもいるほどだ。R.E.M.は誰にも似ていない。



2022.05.09